2015年3月30日月曜日

Let's Get Lost! #3 終了

 Let's Get Lost #3にお越しいただいた皆様、Gleam Garden、Blockbusters、Winstons、What's Upの皆様、ありがとうございました。今回もなかなか面白いイベントになったんじゃないか、と思っています。
ライブ中に友達が「バンドもお客さんも、普段同じライブでは顔を合わせないような顔ぶれで面白い」と言ってくれましたが、まさに狙い通りの嬉しい一言でした。ライブ後の腕相撲大会も盛り上がって、楽しかった。誘ったバンド同士がその日のライブを通して、近付いていくのを目の当たりにすると「今日のライブやって良かったわ〜」とか、そんな気分になるのです。
 次回は8月22日中野Moon Step。ちょいとお題を設け、ひと味違ったライブを企画する予定。
詳細は後日発表。よろしくたのんます!



2015年3月25日水曜日

Black Bird

 自宅マンションの向かい側には同じような高さのマンションが建っている。そのマンションの屋上には、ゴルフの練習用に緑色のネットが設置されている。
ある朝、自宅のベランダから何となしに表を眺めていると、その緑のネットの中に一羽のカラスが迷い込んでいくのが見えた。そのカラスは出口を探して、ネットの中をじたばたと飛び回り、不安気な悲鳴をあげている。どうするんだろうか、としばらく眺めていると、何処からともなく別のカラスが飛んできて、緑色のネットの上にとまった。そしてそれに続くように一羽、また一羽と、カラスが飛んでくる。すぐそばのアンテナには二羽のカラスがとまり、「大変だ、みんな集まれ」と言っているのか、空に向かって大きな声で鳴いてる。そしてその声に応えるように四方八方から続々とカラスが集まり、あっという間に20〜30羽ばかりの群れとなった。ネットの上の「仲間達」はひたすら鳴きわめいて、ネットの中の友達を心配しているようである。
しばらくネットの上でガヤガヤとやっていたが、急に何かを思いたったかのように、これまた四方八方へと散っていった。
ネットの中はもぬけの殻であった。カラス達は仲間の救出に成功したのである。
ちょっと感動したと同時に、カラスの賢さに感心した、小春日和の朝の出来事でした。

あと三日!

2015年3月17日火曜日

Let's Get Lost #3

 3月29日日曜はBalladmen主催のライブパーティ”Let's Get Lost”の第三回目があります。
今回は初の鶯谷What's Upでの企画となりました。
出演は以下の通り。なかなかいい感じにバラけたキャスティングじゃないかと思います。
オープンは19時、お暇ならどうぞよろしく。

Let's Get Lost #3
2015.3.29 日曜@鶯谷What's Up

Balladmen
Blockbusters
Gleam Garden
Winstons

2015年3月6日金曜日

Till The End Of The World(?)

 何故か中学の同級生のひとりと、何処なのか分からない家のキッチンにいる。白と銀に纏められたシステムキッチンは少し無機質で冷たい感じがしていた。白い四人掛けのダイニングテーブルが置いてある。俺はそのテーブルに腰をかけ、同級生と話している。  リビングには数人の顔馴染みが、L字型の背の低いソファに座り、小さなパーティを開いている。俺とその同級生は、一休みのため、キッチンへ来たところであった。
「今日はやけに太陽がでかいな」と同級生が言った。流し台に向かって正面の壁に窓があり、そこから空が見えている。「本当だな」と俺は言う。太陽はまるで煎餅みたいに大きく、グレープフルーツみたいに不気味に赤い。俺たちは他愛のない会話を交わしていた。内容は覚えていない。右手にはグラスを持っていて、確か中身はアルコールの類ではなかった気がする。同級生はタバコを吸っていた。彼はちらちらと太陽を気にしている。「なんか、少しずつ大きくなっていないか?」と同級生が言った。「気のせいだろう」と、再び窓の外に目をやった。
「確かに」。気のせいではなさそうだ。見るたびに太陽は大きくなり、こちらに近づいてきているように見える。徐々に空全体を覆っていくようだ。スピードが上がっていく。「なんか、やばくないか」と同級生が言った。ぞっとする感覚が背筋をつたう。そして次の瞬間には、太陽は窓いっぱいに広がり、表面のクレーターまでが見て取れた。今にも飲み込まれそうである。
「今日がその日だったのか」と同級生が叫んだ。俺たちは瞬時に状況を把握し、急いでリビングに引き返した。そしてその場にいた全員に向かって、今日が最後の日であることを説明した。
リビングの窓の外に流れる川は増水し、沸騰している。流れの激しさから只事ではないことは誰もが察している。俺たちは静かにパーティを中断し、残された時間で、それぞれが何をするべきかを考えた。不思議と誰もが落ちつき、覚悟を決めている。
俺は幼馴染みのAに、故郷に戻り、そこで最後を迎えることを提案した。Aは二つ返事で同意した。
そして階段を駆け上がり、二階で寝ていたKの体を揺すり起こし、眠気眼のKに事の成り行きと、これからどこへ向かうかを説明した。
 いつの間にか俺たちは車に乗って道路を走っていた。白いセダンだったと思う。周りの景色は黒と赤の二色だった。まるでヒッチコックの”鳥”のラストシーンのようだった。

 で、このあたりで目を覚まし、「夢やった!」っと胸をなで下ろした3月5日の朝でした。
恐ろしい夢だったけど、夢でよかった。だって、今週末は”Break The Wall vol.2”in 京都ですもの。それが終わるまでは滅びてなるものですか。風邪もすっかり良くなってるし、空は晴れて風もさわやか。準備は万端、あと2日!!

"Break The Wall vol.2" in Kyoto 夜想 19;00
出演:Back To Basics, Balladmen, BLPRS, Bo!Rock→1





2015年3月3日火曜日

Break The Wall!

 今週末はいよいよBreak The Wall vol.2 in 夜想。Balladmenとして京都で演奏するのは実に久しぶりのことである。もう2年も前から「ボロキチ関西へ呼びます」と吹いてきたもんだから、念願叶って後ろ髪ひかれる思いも解消されるというものである。僕が呼んだ訳じゃありませんけど。

 2013の夏、ボロキチEPレコ発(in 下北沢シェルター深夜の部)でのボロキチは今も記憶に焼き付いて離れないほど衝撃的なものであった。体を揺らすのも忘れ、見惚れました。感動のひとこと。そんな彼らに敬意を表して「とにかくホンモノ見てください」としか言えませぬ。
 Back To Basicsとの共演は4、5年振り。Balladmen京都企画の第1回目に出演して頂いた以来である。初めて観たのは自分の地元三重は四日市のSubway BarでのAntonio Three企画でした。その普遍的パンク・ロックの熱いサウンドに打ちのめされ、即レコードを購入。自宅で拳を振り上げました。きっと、これからもずっとカッコいいままなのです。
 そしてBLPRS、聴けば聴くほど牧歌的で暖かいサウンドに聞こえてきたのは僕だけか。それはひとえにヴォーカルの声色、そしてメロディーによるものではなかろうか、と思う。よく練られた楽曲も聞き応え充分、リズムも踊れて楽しいが、「やっぱロックは歌ですね」と納得の歌唱力。今年初ライブということで期待に胸高鳴りますね。

 今回は何故か全参加バンドの頭文字が「B」という謎の試み。狙いなのか偶然なのか、個人的には参加者全員の血液型がBなら面白いね、とか思ったり(ないない)。しかしながらこの偶然が産んだ絶妙な組み合わせ、何が起こるか楽しみです。なんてったてイベントのタイトルは"Break The Wall"、壁をぶっ壊せ!ですから。何はともあれ、週末が待ち遠しい。さて、弦でも張り替えるか!


"Break The Wall"vol2 @京都夜想 2015.03.07
出演/ Back To Basics, Balladmen, BLPRS, Bo!Rock→1





2015年3月1日日曜日

I Will Dare

 前のバンドを始めた頃だったから、もう14年程も前になるのだろうか。どおりで歳をとる訳である。

 僕が初めてThe Replacements(以下Mats)の曲を聴いたのは、Snuffy SmileのコンピCD”I Hope The End Is Always The Beginning”に収録されたBaggageによるカヴァー、”Can't Hardly Wait”であった。「Chelseaやthe Rutsみたいな渋味のあるイギリスのバンドみたいだ!」というのが初めて聴いたときの印象。「原曲が聴きたい」と直ぐさま鈴鹿のタワレコ(片道1.5h)へと車を走らた。”それ”が収録されたアルバムは店頭には無く、代わりに"Let It Be"なるアルバムを購入。ジャケットに惹かれたのである。あの写真、あの色使い、「これは間違いなくストリートでシンガロングだぜ(意味不明)」と確信した。高鳴る胸を抑え、車に戻った俺は毟り取るように包みを引きちぎり、エンジンをスタート、ディスクをカーステレオにぶち込んだ。拳を振り上げる準備はできている。さあ、こい!...
足下のスピーカーが、12弦ギターの軽快なストロークを歌い始めた。トボけたリズムに人を食ったようなギターリフが続く。すでに酩酊したシンガーがわめいている。しまいにマンドリンまで飛び出してしまった。握りしめた俺の拳は虚しく空を切った...。
2曲目、3曲目、少し聴いては次々と早送りしていくが、ChelseaやRutsのような曲は見付からない。それどころかハードコア・ナンバーあり、ピアノ・バラードありで掴みどころがない。「ハズレ」のワン・フレーズが脳裏をかすめた。諦めたくない。しかし、期待したサウンドでないことだけは確かであった...。

 これがMatsと僕との出会いであった。今では最も憧れているバンドの一つなのだから、分からないものである。
今よりもっと若くて、お金がなく、レコードもたくさん買えなかった頃には、一枚一枚、一曲一曲大切に聴いたものだった。一度聴いてだめでも、諦めず良いと思えるまで聴いたものだった。限られたお金で月に数枚を買い、急いで帰ってライナーノーツを読みながら、メンバーの写真を眺め、一曲ずつ丁寧に聴く。これが何よりの楽しみだった。
Matsの魅力を言葉で表すのは難しい。大ヒットを飛ばすような曲もなければ、目が覚めるようなハンサムもいない。単に曲が良い、ってのもちょっと違う気がする。とにかく好きとしか言いようがない。ただMatsの曲には何度も繰り返し聴かなければ聞こえてこない”音”が隠れている。気がする。その”音”が僕の心を掴んで離さないのだ。おそらく。
 現代は合理性の時代である。ネットで情報を収集、そして確認後、間違いのないものだけをカートに入れるのが主流。ハズレを引いてもまた別のボタンをクリックするだけである。御多分に漏れずこの僕もその恩恵を受けている。しかしながら、Matsの"Let It Be"はいつも僕を「そういうことじゃないんだよなぁ」なんて気分にさせるのである。



 
 



2015年2月25日水曜日

Quick Silver!

 歳をとるごとに好きな音楽が増えてきた。昔は聴いても退屈だった音楽が、ある日突然「あれ?待てよ」と、急に面白くなる。お陰でレコードは増えるばかり。「こんなにあっても聴かないだろうな」と、正直思う。もともと物には執着しない性分でもある。引っ越しで大量処分したこともある。しかし、レコードはそれを聴いていた当時を思い出させてくれるアイテムでもある。少し前に友達が遊びに来たとはには久々にNewtown Neuroticsを聴いた。相変わらず最高だった。だけどやっぱり、ちょっぴりほろ苦くなっていた。

最近では3年くらい前からマジになってJazzを聴くようになった。購入するレコードも8割はJazzである。それまでもBilly HolidayとかChet BakerなどのJazz Vocalは好んで聴いていた。ロックに食傷したときの箸休めとしてBill Evansのピアノ・トリオ物なども手元にあった。
きっかけはArt Blakeyの"Night At Bird Land Vol.1"というLPであった。友人が「Jazz版のロコ・ライヴ(Ramones)だね」と形容するのも頷ける白熱のライヴ・アルバムである。昼下がりのティータイムにカフェで聴くための洒落たアレとはかけ離れている。スリリングでエキサイティングで汗臭い。そのエネルギッシュな演奏はR&RやPunkを基準に音楽を聴いている僕を充分に惹きつけたのだ。
特にコンボの音楽的リーダーとされるHorace Silverの書いた”Quick Silver”は繰り返し何度も聴いた。スウィングする4ビートの虜になった。それは僕にとって"これぞ、ハード・バップ"な一曲となり、Jazzへの重い扉をこじ開けた記念すべき一曲となった。
そしてこの曲もまた、いつか何かを思い出させる一曲になるんだろうなと思う。

変わらずファンキーなハード・バップは大好きである。しかし、今ではしっとりとしたピアノ・トリオも、混沌としたフリー・ジャズも聴くようになった。今のところ最も夢中になったプレイヤーはJohn Coltraneだったり、Bill Evansだったりする。つまり、Art Blakeyが開いてくれた扉の向こう側で、たくさんの音楽に出会うことが出来たというわけだ。
音楽を聴くことの醍醐味、ここに見付けたり!といった気分である。これからも素晴らしい出会いが待ち受けているに決まっているのである。これだから、止められないのである。

Enjoy Yourself

3月29日日曜は東京、鶯谷のWhat's Upにて、自主企画”Let's Get Lost”の3回目を予定してます。出演はBlockbusters、Gleam Garden、Winstonsに僕たちBalladmen。
今回もなかなかバラけた、しかし共通点はあるだろう(と踏んだ)キャスティングに拘ってみました。


自主企画のライヴって最高。自分らの好きな店で、好きなバンドだけを集める。客が入ろうが入るまいが自分らの責任。だから思いっきり好きなようにやる。続けるためにはある程度の動員は必要だけど、でも特別重要なことではないと思う。

最近ライヴに行ってよく思うのは、どんなジャンルのバンドでも、例えば自分が普段レコードでは聴かないような音楽でも「マジでやってます」ってことが伝わればガツンと来るんですね、ということ。何よりまず、自分自身が楽しむことが大切で、それって伝わるんだなあと、今更ながら納得している今日この頃でした。

あとひと月!

2015年2月15日日曜日

Home In My Hand

好きな曲をカヴァーするのは楽しい。じつに楽しい。
好きな曲を自分たちのアレンジで演奏し、歌う。
「こういうリズムはどうだ」とか「ここにギターソロを入れてやろう」とか、メンバーとワイワイやりながら既存の曲をいじっていく。ミュージシャンぽいね、と悦に入る。ステージでの得意げな顔。「レパートリー」とか言っちゃって。やめられない。
個人的には自作:カヴァーは8:2が好ましい。自炊と外食の対比率。基本的には自分で書いてるから、たまには人の歌も歌いたくなる。たまにやるから美味しい。こだわっちゃう。

 今回はBalladmenがレパートリーにしている"Home In My Hand"という曲を紹介します。
元々は1950年代の後半~に活躍したRonnie selfという名のロカビリー歌手が書いた曲。僕が最初に知ったのはイギリスのBrinsley Schwarzのカヴァーヴァージョンで、"Nervous On The Road"というアルバムに収録されている。
「家は自分の手の中さ」と言い、旅する旅人の歌で、歌詞がとても良い。それはまさに歌う人間の人生そのものを表現しているようでもあり、歌い手によってずいぶん違った印象を与えるのではないかと思う。なので、やはり、オリジナルのRonnie Selfの淡々としたダルな歌唱が、色々想像しちゃって好き。でもBrinsley Schwarzの、ギタリストの血が騒ぐオーバードライヴの効いたリフで幕を開ける怒涛のラケンローヴァージョンも悪くないよね。ロック最高!ってなっちゃう。
Dave Edmundsなんかもカヴァーしていて、もはやパブロックの定番らしい。
とにかく、カヴァーって楽しい。「次はどの曲やろうかな」なんて考えるだけで、眠れなくなっちゃうくらい。

"Home In My Hand" Balladmen

"Home In My Hand" Ronnie Self



2015年2月11日水曜日

Let's Get Lost!

  新しいメンバーが加入し、1年かかったが、ようやく昨年の12月に活動を再開することができた。ずいぶん長い間ほったらかしにしていたこのブログも再開することにした。自分たちのライヴイベントも、東京を中心に、なるべくコンスタントに企画していくつもりである。イベントのタイトルは"Let's Get Lost"に改めた。Chet Bakerの名唱で知られるJazzのスタンダードナンバーである。「消えていなくなろうよ。みんなのリストから僕らの名前を消してしまうんだ」と、朗らかに歌われるその歌詞は、恋に落ち、二人の世界に没頭する恋人たちの心情を歌ったものである。新しいタイトルを考えていたとき、ふとこの歌詞とタイトルが頭に浮び即決した。この歌詞のようにロマンチックな意味ではないが、自分のイベントのタイトルとしてはおあつらえ向きじゃないか、と思ったのだ。
一応、「自分らのルールで自分らがやりたいことだけをやっていく」という前向きな気持ちを込めているつもりである。他人がこさえたルールや「こうあるべき」的な押し付けのリストから、僕らの名前を消してしまうんだ!という意味なのである。

そして次回はこちら↓ よろしく!

"Let's Get Lost!" #3

03/29 (日) @鶯谷What's Up ¥1500
with/Blockbusters, Gleam Garden, Winstons










2013年4月16日火曜日

Hong Kong Blues

 僕は八重桜が好きではない。くしゃっと丸めた使用済みのちり紙のような花房と、あの主張の強い葉と花のバランスが鼻持ちならない。花だけが密生して辺りを薄桃色に彩るソメイヨシノに遅れてシーズン・インするだけに、何かいやらしいものを見せ付けられた気にすらなる。しかしこの季節、足元に視線を落とせば黄や紫のパンジーやタンポポ、緑鮮やかな葉と茎の先には赤いチューリップ、4月21日の松屋町地下一階にThe Great Tumblingdown#20、そしてその直後には情熱の真っ赤な薔薇が息を潜めているのである(ブルーハーツのファンではありません)。いやはや、気候がいくら不安定とはいえ、時が来れば春はおとずれ、大地を彩っていくのだなぁ、などと年寄りめいた思いにふける俺はまだ三十三。そして今宵も闇深き神楽岡は眺めの宮殿から、世界中に独り言を送る。返事はいらない、死ぬまで生きるだけさ(意味不明)。

 「どんなに美しい花でもな、足元には泥にまみれた醜い根っこが埋まっているもんだぜ…」

 ハンフリー・ボガートとローレン・バコール初共演、ハワード・ホークス監督の「脱出(原題:To Have and Have Not)」に登場するシンガー/ピアニストと、その彼の歌う歌が何なのか気になっていた。モーズ・アリスンやチェット・ベイカー、ジョージィ・フェイムを思わせるさり気なくも気だるい歌唱法と、ビートルズの末期にポール・マッカートニーが午後のティータイム、バルコニーのロッキング・チェアに身を揺らし、鼻歌交じりにすらすらっと書き上げてしまったかのようなメローディー・ラインに魅了された。始めてこの映画を観てから10年は程経過しているであろう。その間に少なくとも三回は観ているはずである。現代は猫も杓子もインターネットの情報社会、知ろうと思えばいつでも調べられたはず。それなのについ先週まで彼の名が「ホーギー・カーマイケル」ということも、いつまでも耳について離れない、あの奇妙な魅力を持った歌の名が「ホンコン・ブルース」ということも知らなかったのである。それを知るきっかけは些細な日常の会話であった。
K宅で少し塩の効きすぎた水菜とレンコンとオイルサーデンのパスタを何とか完食し、くつろぎのひと時にコーヒーカップを傾けていると、「これご存知かしら?あなた好きそうよ」とKが差し出したのがそのホーギー・カーマイケルのレコードであった。「ほう、試しにかけてくれたまえ」と僕がいうと、Kはスリーブからレコードを慎重に抜き出しターンテーブルに乗せた。スイッチを入れるとLPは33rpmの速さで回転を始める。そして針を落とすとスピーカーが「ホンコン・ブルース」を歌いだしたのだ。僕はすぐさま聞き覚えのあるそのメロディーに反応し、記憶の糸をたぐるが思い出せない。最後に「脱出」を観てから決して短くはない時が流れたのであろう。何しろ気になっていたことさえ忘れてしまっていたのだ。喉の奥にわだかまりを含んだまま、僕はおもむろにライナー・ノーツを取り出した。するとそこには前述の事実が書き込まれている。”ホンコン・ブルースはハンフリー・ボガートとローレン・バコール初共演、ハワード・ホークス監督の「脱出(原題:To Have and Have Not)」の劇中で、ホーギー・カーマイケルが自ら出演し演奏している曲のひとつである”。無論、狂喜乱舞である。幼い頃に転校してしまい、顔や名前はおろか本当に存在していたのかすら不確かなクラスメイトが、突然家を訪ねてきたかのような衝撃である。十年前にもらい損ねたバースデイ・プレゼントがタイムマシンに乗ってやってきたのだ。
しばしオロコビ(驚きと喜び)を噛み締めた後、「もし、インターネットで検索にかけていたら、これほどの”オロコビ”に巡り合うことはなかったのではなかろうか」との考えにぶち当たる。最初に「脱出」を観て受けたインパクトから、K宅での再会にいたるまで、「ホンコン・ブルース」と僕はお互いに最短距離を迂回してきたのだ。その道のりで身に付けた様々な要素が相まって、前述のような衝撃の再会が生まれたのである。その要素とは「すぐに調べなかった」ことや「気になっていたことすら忘れていた」こと、「塩の効きすぎたパスタ」や「食後のコーヒー」なども含まれるはずである。
もし検索していたとしても、僕はきっとそのレコードを捜し求め、お気に入りの一枚に加えていただろうし、それはそれで楽しい時間を過ごせたに違いない。しかし今回のようなスペシャルな体験はできなかったであろう。
合理性や利便性は確かに「使える」。しかし人や物との出会いとは、この出来事のようにちょっぴりロマンチックであって欲しいものだなぁ、と再確認するのであった。

あと四日!







2013年2月26日火曜日

Nato Cloes インタビュー


3月のNato Coles and the Brat Fightersの来日ツアーにあわせ、Brown TroutのミソがフロントマンのNato Colesにインタビューを行いました。転載します。


「イントロダクション」

昨晩夢を見た。俺はミルウォーキーにいて、日本はすぐそこ、湖の向こう岸にあった。向こう岸と言っても、ウィスコンシンからミシガンまでのように50マイルちょっとあるとかいうことはなくとても近いんだ。日本へ自転車で渡れる橋があった、多分半マイルくらいの長さ、有料だけど2ドル半くらい。俺は誰かに言った「なあ、なんで俺は日本へ飛行機で行くんだ?車で行けるじゃん」と。しかしながら、橋は日本の本州の西海岸に繋がっているので、結局、着いてから山や多くの町を運転しなくてはならないことや、有料道路や何やらのことを考えてやはり元のままのプランに従い飛行機で行くことに決めた。その後、HOLYSHIT!のエリックをスーパーマーケットで見つけた。泥酔していた。超クールな夢だった。

さて、以下はインタビューに対して興味深い回答をしようとした結果だ・・・俺は常に喋りすぎる。そして分けが分からなくなってしまう。全く!


1)日本のツアーは二回目になると思うけど、日本のイメージやシーンの印象を教えてもらえますか?また思い出話などあれば。

ハーイ、インタビューしてくれてありがとう。Yoroshiku! 2006年にthe Modern Machinesで日本に行った時は日本に対する知識もほとんどなかったんだ。イメージしていたのはたくさんのネオンライトや近代的都市、クレージーなテレビ・ショー、巨大なロボットと巨大な怪獣の戦い、そして富士山くらい、だけど実際に日本に行って多くを知ったよ。2013年の今でも思い続けるのはどんなに小さな部分も何か有用なことに使われているってことかな。まあ、そんなこと焦点を当てるのは変かもしれないけど?綺麗な国、緑が多く起伏に富んでいる。アメリカの大西洋側の北西部、シアトル周辺に似ている感じだった。また、山や森でないとこはどこでもにぎやかだった、人が多かった、大きな都市は特にだけど小さな町でも。

日本のパンク・シーンの皆に会って、一緒にツアーしたthe Becauseや他のバンド、お客さんと友達になれたのは本当に良かった。皆が親切で、俺らは人々が俺たちを王様のように扱ってくれてるとさえ感じたよ。ミルウォーキーから来た3人のアホどもにすぎないのにさ。ライヴはとても楽しかった。一緒にやったバンドで良くないバンドはいなかったよ。何処で誰とやったか詳しくは覚えていないけど全部のバンド良かった。Blottoを彼らの地元で観れたのは最高だったね。

いつだってツアーの面白い話をひとつ選ぶのは難しいね、いつだって細かい面白い話が幾つもあるものだから・・・。俺らは古い寺に行ったらそこに大きな鐘があったんだ、そして、その鐘は鬼とか悪魔とか何か忌まわしいものから自分を守るために鳴らすべきものだろうと俺は思ったし今でも思っているのだけど、俺がその鐘を突いて鳴らしたら、他の二人のthe Modern Machinesのメンバーはとてもきまり悪がったんだ!なぜなら鐘の音はとても大きく寺の中はとても静かだったから。もしかしたら一緒にいた日本の連中も恥ずかしかったのかもしれないけど彼らはそれを表情には表さなかったね。あと小さな思い出としては、ツアーも終盤の頃にジョン・ハンソン(ドラマー)とthe Becauseのドラマーのアキラがレストランの駐車場で相撲をとったことかな。ハンソンは歯が立たなかったけどね。超笑えたよ!あと、俺らが行った中で最も小さな町、確か「Fujiya」だと思うけど、通りをくぐる「魚のトンネル」があったとこ・・・(註:新潟の小千谷です)、まあ、とにかく、そこの小さなコンビニで俺がビールを物色していたら、年配の人が「ビール、ビール、ビール」と歌いながらやってきてビールを冷蔵庫から取り出していたことがあって、今でも俺はその歌を口ずさむことがあるんだ。俺はツアー日記をつけていたのだけど、それは何処かの箱かなんかにしまってあるはずで、多分、それを探した方がいいのだろうけど・・・。このインタビューには手遅れだね!

2)あなたは10年近く多くのクールなバンドをやっているけど、どんどんと音楽性としてはR&Rへの傾倒が深くなっているような気がします。それは何故ですか?大きな理由などはあったの?

お世辞でも誉めてくれてありがとう。質問に関してだけど、そういうこと聞かれたのは初めてではないよ。俺は人生における創造性(自分の音楽性)の方向をコントロールしているってわけではなく、それは上手く言えない内なるエネルギーの源のようなものから生じるんだ。ただ確かなのは、あらゆる偉大なパンク・ロックと共に、俺はいつだって昔のロックン・ロールやR&B、そしてさらには昔のカントリーやブルースも好きだったってことだ。多分、やっとそういう音楽をうまく自分の曲に取り入れた曲を書くことができるようになったのだろうね。おお、俺は自分の創造性の方向を少しコントロールできるようになったってことだな・・・、分かりやすい比喩で言うと俺はソリに乗っていて、丘をトップ・スピードで滑り降りている、少しだけ向きを変えることはできても停まって辺りを見回すことなんかはできないってこと。思うに、the Modern Machines時代にも、Radio TowerとかTaillightsなど何曲かは俺が今書きたい、演奏したい曲の大部分としっくりくるような曲だったと思うよ、けど、the Modern Machinesは常に全てがもっと速くラフだった。それで良かったんだ!でも、それはダニーやジョンと一緒に演っていたからこそ、彼らのプレイ・スタイルによってこそのことだったんだ。別のミュージシャンと演るとなると俺はまた違う感じでやることになるんだ、特に違うドラマー、ベーシストとやるとなるとね、リズム隊はとても重要だからね。俺はthe Modern Machinesをやっていたの同じ時期の2004年、2005年にミルウォーキーでサイド・プロジェクト的なthe Silver Sunsというバンドをやっていたけど、そのバンドはかなり今やっている音と近かったね。だから、今やっているような曲は元々俺の中の何処かに存在していたってことだろうね。


3)今はソロ名義でやっている理由は?

ミネアポリスに越してバンドを始める時、新しい曲や古い曲を、メンバーの誰もが望まないものに契約しさせられているかのように感じることなくやれればと思った。「自分の名前をバンド名につけるなんてマジまぬけだよな、だって他のメンバー紹介しなくちゃならないのだから」ってステージ上でジョークを言うこともあるのだけど、いつだってバンドにつきものの、曲作りやバンドの方向性についての口論みたいなものはうんざりで、だから、結局は俺のやりたいようにやるんだということを分かってくれている連中とやりたいと思ったんだ、受身だろうがけんか腰だろうが相互の誤解みたいなものは嫌だから。あとひとつ、俺が曲のベーシックと歌詞を書く一方でthe Blue Diamond Bandは曲を完成させる、アレンジやらなんやらは一緒にやる。だから俺が全てを取り仕切るってわけでは全くないんだ。

4)今回のバックバンドの名前に何か由来はある?

ドラマーのローガン・スタンさんと俺はミルウォーキー出身で今は二人ともミネアポリスに住んでいる。俺は野球がとても好きで日本のプロ野球についても少し齧っているんだ。多くのアメリカ人にとって理解しづらいのは日本ではチーム名がスポンサー企業の名前を冠しているってことだ(広島カープは例外。だよね?)アメリカではチーム名は町の名や州の名がついている、ミルウォーキー・ブルュワーズのようにね。だから、アメリカ人が「日本ハム・ファイターズ」という名前を聞くと、「ハム・ファイターズ?なんでそんな名前なんだ?ハム・ファイターズってなんだ?なんでハムと戦うのだ?それとも選手はハムからできた戦士達?」とか思うんだ。アメリカ人は日本ハムっていう企業を知らないからね。そんなことが俺にとってはとても面白い。で、ミルウォーキー名産のブラットワースト、略して「ブラット」というとても有名なドイツ・タイプのソーセージがある。なんで、「日本ハム・ファイターズ」をもじって俺らは「ミルウォーキー・ブラット・ファイターズ」と名乗ることにした。まあ、ミルウォーキー・ブラットという企業はないのだけどね。

5)普段はどういう所でライヴをやっているの?よく一緒にやっているバンドはいますか?

俺たちは色々な種類の場所でやるけど、ほとんどの場合に共通しているのは、パンクやアンダーグラウンド・ミュージックにマジで入れ込んでいる人がそれらのショーの企画に関わっているということだね。だから、俺らはミネアポリスの大きなクラブでやりもすれば、アトランタの小さなバーやニュー・ブルズウィックの地下室でやったりもする、そして、皆が楽しんでくれれば俺らも楽しい!望まれていないとこでやるってことはほとんどないんだ。

このインタビューに答えている、まさに今夜、ミネアポリスのダウンタウンのバーで、The Gateway DistrictとThe Frozen Teensとショーをやるのだけど、彼らこそこのツイン・シティ周辺で俺がとても好きなバンドだ。彼らとは良く一緒にやるよ。また他にはThe Slow DeathやJesse Thorsonの別バンドPretty Boy Thorson and the Falling Angels(Jesseはその時によってどちらかのバンドに力を入れていて両バンド間を行ったり来たりしている)とも良くやるね。珍しいことだけど、ツイン・シティ以外の場所では特に決まったバンドと一緒にやってないな。でも何処へ行っても前から見知った顔や友達には会っているし、また新しい出会いもあるよ。テキサスのOccult Detective Clubという最高のバンドとスプリット7インチを出すのだけど、それが出た際には彼らと一緒に何回かやるだろうね。このインタビュー読んでいて、まだ彼ら聴いたことない人は早くチェックした方がいいぜ!

6)NATOから見た現状のアメリカのシーン(どういうバンドが人気で、レコードがどれ位売れるのか)はどう?

これは俺個人の意見だけど、今のU.Sシーンは言ったら横ばい状態って感じかな、NOFXやDilliger Fourのようにずっとやっていて10年、15年前にビッグだったバンド以外に超人気あるようなバンドはいないね。でも、例えばOff With Their HeadsやBanner Pilotやthe Marked Menなどのバンドは結構な量のLP/CD/ダウンロードを売っている。どれも良いバンドだよ、特にthe Marked Menは2000年代の俺のお気に入りLPを2枚ほど出しているしね。でも、俺が最近マジで好きなTenementやBig Eyesやthe Future Virginsなんかはもっと小さな規模のところで成功している感じだね。Green Dayの後を追って10万枚もアルバムを売ることができたような時代とは違うけど、それだからと言って、マジでクールなパンク・ロックを聴く人がいないとは誰も言わないよ。

7)ダウンロードクーポンについてはどう思う?

何であれ人々が手軽に音楽を聴き楽しめることは良いことだと思う。そういう意味でダウンロードコードは非常に役に立っていると思う。でも自分に関して言えば、いつだって、そのアーティストやバンドが俺たちにこういう形でアルバムを聴いて欲しいと望んだ形で聴くことを好むね、それに俺はアートワークが好きだし、LPジャケットやCDケースを抱えてステレオから流れる音との繋がりを感じるのが好きだ。誰もが始終そのように音楽を聴くことは無理な相談だけどね。ダウンロードがなかった時だってそうだよ、そうでなければ誰もラジオなんか聴かなかったのだろうから!でも、ファンのためにアルバムを作るということは特別なことなんだ。それは単に音楽ファイルのキロバイツとかいうものではないんだ。だから、もしバンドが自分らの音楽を大切にし、長く活動を続けるのなら、モノホンのアルバムというものを作るだろうと俺は思う、それがLPであれCDであれ、何かこれから発明される未来のフォーマットであれ。


8)NATOが住むミネアポリスはどんな街?出身地であるミルウォーキーとの違いは?

ミネアポリスには小さな湖がたくさんある。ミルウォーキーにはただひとつの大きな湖、ミシガン湖だけ。ミシガン湖の湖岸は海岸のようだ、水は塩水ではないけど。それとミルウォーキーは確実にミネアポリスに比べて西部っぽさがない。ミルウォーキーは東部っぽい。シカゴや五大湖、昔のアメリカ中西部の工業地帯の雰囲気だ。ミネアポリスは平原の町だ。鉄道と河の町でもある。そして、東部っぽいと同様に西部っぽい。あと、建物がそれほど近接して建っていない。加えて、街角のバーがミルウォーキーほど多くない。もっとも、俺の住んでいる地域には幾つかあるから良いけどね。

君は多分音楽シーンやライフスタイルについて知りたいのかな?そういう点での最大の違いは、先にも言ったけどミルウォーキーは町として東部っぽい、そしてシーンもそうだ。デトロイトやメンフィス、オハイオ・スタイルのガレージ・パンクが人気だ。ミネアポリスはもっと幅広いよ、ガレージ・パンクだけでなく、ポップ・パンクやゴキゲンなスラッシュ・HCもとても人気がある。あと、ミルウォーキーにはあまり良いクラブやショーのための場所がない、ミネアポリスのシーンはもっと大きいよ。そしてお金も動く。良くも悪くもだけど。ミルウォーキーは常に俺のホームだけど今はミネアポリスを楽しんでいるし、ここのシーンは最高だよ。

9)日本のビールは好きですか?NATOの住んでいる地域にはビールの蒸留所がたくさんありますか?

ビールが好きです。終わり。2006年に日本へ行った時は多分アサヒの黒生を一番飲んだと思うけど、まあ大抵のビールはおいしかったよ。ツイン・シティでも品揃えの良い酒屋ではキリン、アサヒ、サッポロは買えるよ。俺は最近はマイクロ・ブリュワリー、いわゆるクラフト・ビアのファンだね。21歳の頃はクソまずいビールばっかり飲んでたけど・・・、今思うと何やってたのかと思うよ!今はおいしいIPA(インペリアル・ペール・エール。英国スタイルのアルコール度高いビール)が一番だね、あとはどんなビールであろうとおいしくて、多分レシピを見ながら5分以上かけて作られたと思えるようなビールが好きだね。マイクロ・ブリュワリーはミネアポリスにもたくさんあるよ。でも、HammsやSchmidts、そしてGrain Beltなどのツイン・シティの偉大な歴史を持つ大きな醸造所はもう醸造所としては機能していないんだ。建物はまだ残っているけど、事務所や倉庫にになったか、ただの空家になっているかなんだ。でも今でも見るだけで歴史を感じるけどね。

10)オススメの音楽、映画、本、食べ物等を教えて下さい。

もちろん!これは簡単な質問だ。好きな音楽はHusker Du、the Replacements、the Ramones、Tom Petty、 Bruce Springsteen、 the Reigning Soundと全てのGreg Cartwrightがやってきたバンド、Johnny Cash、the Descendents、the Ergs!、the Rolling Stones、Robert Johnson、Towns Van Zandt、そして"Weird Al"Yankovic。それとYour Pest Bandは超クールだ!彼らをツアーで何度も観れるのは最高だ。好きな映画は「マッド・マックス2」、「スパイナル・タップ」、「ハスラー」、「ビッグ・リボウスキー」、「夕陽のガンマン」、そして「プリンセス・ブライド」。最近5年で一番良かったのは「ノー・カントリー」だ。好きな本は「トルティア・フラット」他スタインベック作品、Joe Posnanskiの「The Soul Of Baseball」、ヴォネガットの「チャンピオンたちの朝食」、多くの歴史書と評伝、例えば昔の大統領リンドン・ジョンソンに関しての何冊にも渡るRobert Caroの作品やRoy Jenkinsのチャーチルの評伝、Nick Toscheのジェリー・リー・ルイスの評伝「Hell Fire」など。最近はシェイクスピアにハマっているよ。ちょうど「タイタス・アンドロニカス」を読んだとこなんだ。これはとても残忍な戯曲だよ。超過激だ。俺の最愛のシェイクスピア作品ではないけど。なぜなら会話と筋がみえみえで薄っぺら(「オセロ」、そして多分「テンペスト」もそうかな)だから、でも、とても過激なので、もしシエイクスピア好きなら手に取る価値はあると思うよ。あと、スティーヴン・キングの小説も好きだよ、お高い文学評論家は彼を相手にしないこともあるけどやっぱり面白いよ、特に「ダーク・タワー」はね。新聞を読むのも好きだけど、最近はアメリカの政治は政治家の論争も姿勢表明も最悪で馬鹿げていて、読んでいると頭痛くなるのですぐにスポーツ欄で野球の春季キャンプの記事を読むばかりだね。ブルュワーズ頑張れ!好きな食べ物はメキシカン・フード、タコスやブリトー他、飲み物はコーヒー、IPA、そしておいしいウィスキー。

11)最後に今回の日本ツアーに向けて一言お願いします。

また日本に行けることがどれほど楽しみか言葉にすることはできないよ!2006年もアメリカに戻りたくなかったのだから・・・。また今回も帰りたくなくなるのだろうな。T-Boyとサトル(註:YPBのベースの人)、そしてローガンと一緒に演るのはゴキゲンだと思うよ。前のツアーでの友達に会うのも楽しみだ、でも、もし名前を覚えていなかったらゴメンね、俺は人の名前を覚えるのがとても苦手なんだ!俺らは新しい曲も演るし古い曲も演る、the Modern Machinesの曲も1、2曲やると思うよ。日本のレコード屋をチェックするのも楽しみだ。唯一残念なのはこの目で日本の野球の試合を観られないだろうことだけだよ。でも、いつかまた日本に戻ってきて、願わくはその究極の望みを叶えたいな。とにかく、ライヴで会おう!Konbanwa & Kanpai!

2013年2月4日月曜日

やばい、5月ライヴ入れすぎた・・・

2月23日(土) 八王子RINKY DINK STUDIO 2nd 8st 
”Doghotel『Dance on the Cake』EPrelease party”
with/DOG HOTEL, CAR10, d/i/s/c/o/s, TOJIN


3月16日(土) 西荻窪FLAT 
Nato Coles & The Blue Diamond Band japan tour 2013
with/Your Pest Band, RockBottom, CAR10


3月23日(土) 京都Nano
Nato Coles & The Blue Diamond Band japan tour 2013
with/Sanhose, What-A-Night's, Your Pest Band

4月21日(日) 大阪松屋町 地下一階
"The Great Tumblingdown #20"
with/D/I/S/C/O/S, Jimmy & His Mojomen, The Young Pennsylvanians + 1


5月3日(金) 京都 夜想
with/Iguwannas, Shotgun Runners + more


5月18日(土) 大久保 水族館(?)
with/Mad Maniacs + more


5月25日(土)浜松 G-Side
with/The Florians, The Cokes, d/i/s/c/o/s


5月26日(日)高円寺 ペンギンハウス
"The Great Tumblingdown #21"

with/d/i/s/c/o/s + more